東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)2286号 決定 1969年5月29日
申請人
江島正泰
右代理人
北村忠彦
外二名
被申請人
日本亜鉛鉱業株会式社
右代表者
高井秀雄
右代理人
橋本武人
外三名
主文
申請人の申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一当事者双方の申立
申請人
申請人が被申請人の従業員たる地位を有することを仮りに定める。
被申請人は申請人に対し、三、三七四、二三五円と昭和四四年一月から本案判決確定まで毎月一五日限り一二八、四二三円を仮りに支払え。
被申請人
主文同旨
第二当裁判所の判断
一 被申請人会社(以下「会社」という。)は、肩書地に本社本店、福井県大野郡に中竜鉱業所(以下「鉱業所」という。)を有し、鉱業、採石業、製錬業等を営んでいるところ、申請人は昭和一六年九州帝大工学部採鉱学科卒業と同時に会社に入社して鉱業所に勤務し、同二四年八月鉱業所休山に伴い一旦退職し、同二八年八月同所再開とともに再就職した。そして、同二八年八月鉱業所選鉱課長代理、同三一年一二月選鉱課長兼選鉱研究室長、同三六年四月本店技術部技術課長、同年五月業務課長兼務の各役職についたところ、会社は申請人に対し、同四一年六月一日一ケ年の自宅待機を命じ、これが満了した同四二年六月一日更に六ケ月の待命を命ずるとともに右期間の満了日である同年一一月三〇日限りで解雇する旨の解雇予告をなし、右一一月三〇日予告期間満了を理由として解雇する旨の意思表示をした。
以上の事実は当事者間に争いがなく、疎明によると、業務課長兼務は同四〇年七月二〇日に免ぜられた。
二 疎明によると、本件解雇に至る事情として、次の事実を一応認定することができる。
(一) 申請人は、会社が昭和三五年立案した鉱業所の増産合理化案に対し、選鉱部門の責任者として人員削減に反対したため、前記のように本店勤務を命ぜられたところ、本店勤務中、(イ)自動車運転免許を取るため等の理由で遅刻することが多く、また、勤務時間中に無断外出することも可成りあり、このため、同四〇年一〇月頃上司から九時一五分までに出勤し、遅刻した場合は届け出るよう指示されたが、これに従わないことが多く、(ロ)社長から一度外国雑誌の一部翻訳を命ぜられたが、これに従わず、(ハ)会社では同四〇年春鉱業所において副産物として産出されるガーネットの採掘、販売を中止することにしたところ、同年一一月頃申請人からこれが販売は利益があるとの意見が出たため、社長において関係資料の提出を申請人に求めたところ、中止している以上資料の提出は不要であるとしてこれに応ぜず、(ニ)同三九年秋頃会社のいわゆる親会社である三井金属鉱業株式会社資材部主催の資材担当者会議に会社担当者として出席した際、親会社に不快感を与えるおそれのある発言をし、(ホ)同四一年五月椿山荘において、通産大臣の全国保安表彰につき労務災害防止協会主催の懇親会が、出席者の会費はその人員に応じて関係各社が負担するということで開催されたところ、会社分として席は二名分しか用意されておらず、社長と被表彰者が出席するため、申請人のための席の余裕はないことを知りながら、かつ、社長よりかような事情から出席しなくてよい旨の指示があつたにもかかわらず、あえて懇親会に出席して、社長に他の列席者の手前気まづい思いをさせ、(ヘ)日頃書類の保管等について他との協調を欠くことも少くなかつた。
そして、申請人が勤務していた当時の本店従業員は、女子事務員一名を除くほかは課長以上の役職者で、総数は一〇名に満たなかつた。
(二) 会社は、申請人の前記一連の言動は従業員としての適格性を欠くものと考え、一年後には解雇が予定されている旨告げて申請人に対し自宅待機を命じ、その期間中は賃金全額(月平均約一一七、〇〇〇円)を、引き続く待命期間中は平均賃金の六割(月平均約六〇、〇〇〇円)を支給したうえ、本件解雇に及んだ。
三 申請人は、待機、待命処分および解雇は権利の乱用である旨主張する。
しかし、申請人の前記一連の言動を綜合すると、申請人に課長としての適格性を欠く憾みがあつたことは否定できず、特に懇親会出席の件は非常識きわまるとのそしりを免れず、申請人の学歴、職歴、年令、また、本店転勤の経緯と本店従業員の構成からすると、会社内に申請人を課長の役職を免じたうえ平従業員としてとどめるべきポストは当時なかつたといえるから、会社が申請人に対し転職先を見つけるに足る準備期間を与えたうえ解雇しようとした措置が著しく当を失したものということはできず、賃金全額支給の一ケ年の待機およびこれに引き続く賃金六割支給の六ケ月の待命期間は、前記準備のための配慮として一応つくされているといえなくはない、本件解雇とこれに至る待機、待命処分を目して、そのいづれもが権利の乱用にあたると解することは困難である。
なお、申請人は、鉱業所において施行されている就業規則は本店にも事実上適用される旨主張するが、これを疎明するに足る資料はない。
以上により、申請人の権利乱用の主張は採用できない。
四 以上からすると、本件待機、待命処分および解雇はいずれも一応有効というべきであるから、これが無効を前提として従業員としての地位を定め、かつ、賃金の支払を求める本申請は、被保全権利の存在について疎明がないといわざるをえず、保証を立てさせて疎明に代えるのも相当でないから、結局、理由がないとして却下を免れない。
よつて、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。(宮崎啓一)